
*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。
大統領報道官室
2008年8月7日
ありがとう。こんにちは、皆さん。暖かい歓迎を感謝します。ローラと私は、再びこの美しく親切な人々であふれるバンコクを訪れることができ、とてもうれしく思っております。国王・王妃両陛下による温かな歓迎に感謝の意を表します。
まだ何日か早いのですが、王妃陛下にぜひとも「お誕生日おめでとうございます」とお伝えしたいと思います。そして何よりも、アジアにおける米国の最も古くからの盟友であるタイ国民の皆さんに、米国が心からご多幸をお祈りしていることをお伝えしたいと思います。米国とタイの間で友好関係が始まったのは今から175年前の春のことであり、当時のアンドリュー・ジャクソン大統領が使節をシャムに送ったことに由来します。交渉の結果、まもなく平和通商条約が締結されました。奇妙なことではありますが、この条約は、片側にハスの花、もう一方の側にワシと星の印章が押されています。以来、何世代にもわたる緊密な友好関係が続いています。ある時、タイ国王から米国に象の贈り物の申し出がありました。エーブラハム・リンカーン大統領はこれを丁重に辞退をしました。私は、このような申し出をもう一度いただけないものかと思っています。実際には私の牧場は、多分、象を飼えるほど広くはないのですが。
両国の同盟関係を生んだのは、「自由」と「開放」という価値観です。この価値観のおかげで、この同盟関係はその後100年以上にわたり維持されてきました。米軍とタイ国軍は、朝鮮戦争やベトナム戦争から、アフガニスタンやイラクでの戦争に至るまで、共に力を合わせてきました。両国の自由市場経済は、貿易や投資機運の高まりに乗じて発展してきました。この美しい、長い歴史を持つ国の良さを理解する人々が増えるにつれ、観光産業が花開きました。また、約20万人のタイ系米国人が、その先取の気性、文化、そして信条によって、わが国を豊かなものにしてくれています。
両国の同盟関係にとって歴史的な、この記念すべき年に当たり、米国はタイを、この地域を指導する国のひとつであり、世界各地における米国のパートナー国と見ております。私は、タイを米国の非北大西洋条約機構(NATO)主要同盟国に指定したことを誇りに思っております。また、民主主義を回復したタイ国民に敬意を表します。民主主義の回復により、この「自由の地」では自由と法が統治することが証明されました。いろいろな意味で、タイに関する物語はこの地域の物語と言えます。過去60年の間にアジアは、世界大戦から立ち直ろうとしながらも貧困から抜け出すことができない地域から、繁栄し活力に満ちた地域へと変ぼうを遂げました。米国はこの変ぼうの過程で一定の役割を果たしてきました。地域の安定化を目的とする米軍の駐留を維持することにより、米国は、新興の自由主義国が安全保障面の不安を感じることなく成長できるよう支援しました。精力的な外交活動を展開することにより、かつて敵対していた国々が、その立場の違いを解決して和解できるよう支援しました。また、アジアからの輸出に米国市場を開放することにより、米国は力強い経済国家を形成する力にもなりました。
私は、こうした米国の貢献を誇りに思っております。しかし、この地域の成功の最大の要因はその国民です。韓国からシンガポールに至るまで、各国は、自由企業、自由貿易、そして法の支配に基づいた経済政策を追求しました。その結果は、世界を驚かせています。昨年、米国と太平洋を挟んだこの地域との間の物品の貿易額は、1兆ドルに達しました。そして、何世紀にもわたる貿易の傾向が大きく変わりました。太平洋貿易額が大西洋貿易額を超えたのです。
経済的自由が高まるにつれ、政治的自由も劇的な広がりを見せました。考えてもみてください。第2次世界大戦後にこの地域で民主主義国家だったのは、オーストラリアとニュージーランドだけでした。今日では、アジアの大半の国々が自国民に説明責任を負っています。こうした変化により、この地域の人々は、「アジアの価値観」は自由とは相容れないと主張する懐疑論者に異を唱えました。自由な社会は、国民の多くが仏教徒のタイにも、多くがヒンズー教徒のインドにも、多くがイスラム教徒のインドネシアにも、多くが神道の日本にも、そして多くがキリスト教徒のフィリピンにも出現しました。自由が根付くにつれ、平和が構築されています。また、これまでの数十年間、この地域では大きな戦争が起きていません。
この変ぼうを「アジアの奇跡」と呼ぶ人もいます。実は、このこと自体は奇跡でも何でもありません。普遍的事実の証しです。自由を求める情熱は、文化や信条を超越します。自由市場は革新をもたらし、繁栄への道を切り開きます。そして、国民の持って生まれた才能と創造力を信頼することは、活気と希望に満ちた社会を築くための一番確かな方法です。
大統領になったとき、私にはある信念がありました。米国は太平洋国家だということと、米国に利益をもたらし理想を実現するには、これまで以上にアジアに関与する必要があるということです。そこで、これまでの7年間、米国はこの地域で4つの大局的な目標を追求してきました。その4つとは、同盟関係を再活性化すること、価値観を共有する国と新たな関係を築くこと、繁栄と成長のための新たな機会をつかむこと、共通の課題に協力して立ち向かうことです。
信頼に基づく、目的を持った同盟関係は、アジア地域で平和と繁栄を促進するための最善の方法です。米国はアジア地域で5カ国と同盟条約を結んでいます。米国はこれらの同盟関係を真剣に受け止めており、それぞれの関係を強化してきました。オーストラリアとは、防衛装備品貿易の分野での協力を深めるための新たな条約に署名しました。フィリピンには、その軍事能力向上の支援を行っています。タイでは、安全保障構想を強化しています。韓国では、在韓米軍の兵力を都市や町から、戦略的により有効な拠点へ移転することにより、その戦力態勢の向上を目指しています。また、日本との間では、新たなミサイル防衛構想を立ち上げたり、太平洋地域の平和維持のため米国の強い立場を維持できる方法で米軍を再編することにより、緊密な同盟関係を強化しています。これらの措置はすべて、いかなる試練に直面しようと、米国が同盟国と共に断固として立ち向かうことをあらためて保証して、同盟国に安心していただくことを目的としていました。
私はまた、選挙で選ばれた同盟国の首脳たちと強固な個人的関係を構築する努力もしてきました。小泉首相とエルビスの邸宅を訪れたことを、誰が忘れることができるでしょうか。私は絶対に忘れることはないでしょう。テネシー州メンフィスの大勢の人たちもきっとそうでしょう。こうした友好関係は、誠実さ、敬意、そして共通の価値観の上に成り立っています。来年、新たな住人がホワイトハウス入りするときには、アジアにおける米国の同盟関係はこれまでで最強のものとなっているでしょう。
米国は、条約に基づく同盟関係を再活性化させるとともに、アジアの他の自由主義諸国との関係も深めてきました。米国の民主主義の理念を共有する国は、生来、米国のパートナーです。しかし、私が大統領に就任したとき、米国と多くの自由主義国との関係は緊張していました。例えば、米国は、世界最大の民主主義国家であるインドとの関係を、民生用原子力エネルギーに関して歴史的な協定を結ぶなどして、劇的に改善してきました。
米国は、世界のどの国よりも多くのイスラム教徒が居住する国であるインドネシアとの関係も改善してきました。数十年に及ぶ軍事支配後のインドネシアに活力ある民主主義国家の制度を構築することを支援するために、自由選挙で選ばれたインドネシア政府と緊密に連携してきました。モンゴルとは、民主主義の発展に寄与するために、画期的な協定を締結しました。タイが現在議長を務める東南アジア諸国連合(ASEAN)の繁栄している加盟国との協力関係も強化しました。また、米国は、この地域の自由主義諸国と協力して、新たなアジア太平洋民主主義パートナーシップを設立しようとしています。これは、アジアにおいて民主主義的価値観と制度を促進することのみを目的とした、この地域で唯一の組織です。
全体的に見て、米国はアジアの主要国すべてとの関係を同時に改善してきました。専門家であれば、これらの国々の間の歴史的な緊張関係を考えると、そのようなことは不可能だと言ったでしょう。しかしながら、古い構図を時代遅れにするようなことが起きたのです。市場の統合と共通の脅威の時代にあっては、ある国における自由の拡大はほかのすべての自由主義国に恩恵をもたらします。この変化は、過去の「ゼロ・サム」的な思考方法からの明確な脱却を示すものです。つまり、アジアが引き続き自由と繁栄を拡大し、より大きな希望を持てるようにすることに、この地域のすべての国が利害関係を持っているのです。
自由、繁栄そして希望を推進する最も強力な原動力は貿易です。私が大統領に就任したとき、米国が自由貿易協定を締結し、それが発効していた国はわずか3カ国でした。そのいずれも、アジアの国ではありません。今日では、米国は、オーストラリア、シンガポールを含む14カ国と自由貿易協定を締結、発効させています。また、韓国との間で将来有望な協定を締結し、現在は、米国連邦議会にこの協定を承認するよう促しているところです。さらに、マレーシアとは自由貿易協定、ベトナムとは2国間の投資協定の交渉を開始したところです。タイとも貿易交渉を再開することを望んでいます。米国はまた、この地域の貿易障壁を軽減するアジア太平洋自由貿易地域の構想も支持してきました。
アジア太平洋地域の国々は今、これまでにないほど活力ある貿易・投資関係を結んでいます。この地域全体の労働者、消費者、そして起業家は今後何年も、その恩恵を享受することになるでしょう。残念ながら、米国は、自国経済の開放について、時としてあいまいな印象を与えています。経済的孤立主義を唱える声は、米国民の利益を代表するものではありません。米国は何十年にもわたり、党派を超えて、柔軟で開放された市場の実現に取り組んできてました。これを変えてはいけません。アジア各地の人々に、自国の保護主義を拒否するよう求めます。私たちは、投資と貿易に対して市場を開放し続けることにより、さらなる成長、さらなる雇用と機会の創出に向け、共に世界を導いていくことができます。
私たちは成果をあげてきましたが、世界の国々は今も、さまざまな課題に直面しています。そして、一丸となって、これらに対処すべく努力しています。私の考えでは、テロの脅威、つまり自分たちの政治目的の達成のために罪のない人々を殺そうとする過激派の脅威以上に大きな課題はありません。米国は、この地域のパートナー諸国と協力して、世界で最も危険なテロリストの何人かを裁きにかけました。また、より希望に満ちた、自由に基づくイデオロギーを推進することによって、過激派の憎しみに満ちたイデオロギーに立ち向かっています。米国はタイ、インドネシア、マレーシアといった、過激思想に対し断固たる立場を取り、イスラム教と寛容は矛盾するものではないということを示している民主主義国家を強く支持しています。アジアにおける米国の友好国の多くは、アフガニスタンとイラクでも米国を支持してきました。この2つの国では、新たに自由を獲得した人々、何十年もの恐怖の時代を脱して希望ある未来をつくろうとしています。米国は、このように多くの勇気あるパートナー諸国を支持して、時代の要請に応えることができることを誇りに思います。どんなに困難であろうと、米国はこのイデオロギーの戦いに勝利するまで屈することはありません。
私たちは共に、北朝鮮の脅威に立ち向かっています。東アジアのすべての国は、北朝鮮が核兵器でこの地域を脅かさないようにすることに、差し迫った関心を持っています。しかし私が大統領になった時点では、これらの国々が統一戦線を張って北朝鮮に対処する可能性はありませんでした。ですから米国は、中国、韓国、日本、そしてロシアと共に6者協議を発足させました。北朝鮮は、隣国すべてから協調圧力を受けた結果、核施設を廃棄し、核兵器を放棄すると約束しました。北朝鮮政府は最近、核開発活動の申告書を提出いたしました。今、北朝鮮は、この申告内容に関する私たちの検証作業に協力し、核拡散やウラン濃縮を含む自らの行動に対する未解決の懸念を解消すると約束しなければなりません。
ほかの5カ国は、最終目的である「圧制と核兵器のない朝鮮半島」を実現するまで連携を保ちます。そして米国は、北朝鮮国民に対する過酷な支配をやめ、国民の尊厳と人権を尊重するよう、引き続き北朝鮮政府に求めていきます。
私たちは共に、ビルマの独裁政治を終わらせたいと考えています。この大義を守るために献身的活動をする人々が数多くいます。偶然にも私は、そのうちの1人を妻としました。ローラは今日、タイ・ビルマ国境にある難民キャンプと診療所を訪れることになっています。米国は、ビルマの軍事政権に対し、アウン・サン・スーチー氏、その他の政治囚を釈放するよう繰り返し要求します。私たちは、ビルマの人々が自らにふさわしい自由を手に入れるまで活動し続けます。
私たちは共に、世界の人々とその繁栄に影響を及ぼす、その他の深刻な課題にも立ち向かっています。この地域の政府は協調して、鳥インフルエンザのような世界的流行病の問題に取り組んでいます。この地域の主要な国々は、経済成長を犠牲することなく、エネルギー安全保障を高め、温室効果ガスを削減する、国際的な合意の成立を目指し努力しています。また地域一丸となって、2004年の津波から今年のサイクロンに至るまで、さまざまな自然災害に対処しています。このような協力関係を通し、私たちは互いに対する信頼を深め、開放的な姿勢を強めています。またアジア太平洋地域の国々は、将来いかなる問題が起ころうとも、協力して対処することを確認しています。
アジアの多くの人々、そして世界中の多くの人々が気にしていることのひとつに、中国が将来どのような方向に進んで行くか、という問題があります。私は、父が米国の北京連絡事務所長であった1975年に初めて訪中して以来、中国に魅了されています。当時、中国は文化大革命が終わったばかりで、貧困がはびこっていました。いたるところを自転車が走り、人々はほぼ同じような服を着ていました。30年後、北京が急速に近代化し、超高層ビルが立ち並び、自動車で溢れ、国際企業が集まる都市となり、さらにはオリンピックを開催するまでになるとは、当時は想像もできませんでした。
米国と中国の関係は長年にわたり、複雑なものとなっています。私は、堅固で原則に基づく米中関係を築くことを決意していました。アジアで追求している4つの目標、つまり、同盟関係の強化、新しい民主的協調関係の形成、経済関係の強化、そして共通の課題に向けての協力は、米国とその同盟国に、自信を持って中国を関わらせるための貴重な新しい基盤をもたらしました。この地域で、未来の平和と成功を実現するためには、中国と米国の関与が不可欠です。ですから、アジア太平洋各地での米国の関与は、目的を持った永続的なものであることが重要です。
中国と米国は、重要な経済的利益を共有しています。中国の自由市場改革が誘発した経済成長は、平和な未来に関心を持つ、自信に満ちた中産階級を形成している中国人にとって良いことです。中国の新しい購買力は、世界中からの輸出品にとっての巨大な市場を提供するため、世界にとって良いことです。すべての側が確実に利益を享受できるようにする鍵は、中国に国際経済システムのルールを守るよう要求することです。それゆえ、米国は中国の世界貿易機関(WTO)加盟を強く支持しました。WTOでは、私たちが不公平と見なした貿易慣行について争うことができます。ドーハ・ラウンドの貿易交渉が行き詰まったことで私は落胆しましたが、米国は妥結に向け、引き続き中国、インド、その他の国々と交渉していきます。
米国は、中国と戦略的経済対話を行う場を新たに創設しました。そこでは、両国の長期的な経済成長と幅広く共有された繁栄を確実なものにするための方策のほか、為替レートや知的財産権等の問題について議論します。ここでの議論その他を通じて、米国は、世界の経済的指導者であるためには、エネルギーから環境、アフリカのような国々の発展といった問題にも責任を持って取り組む義務を負わなければならないことを、中国側に明確に伝えています。
米国と中国には、ほかにも協力できる分野があります。両国は、大量破壊兵器の拡散を防ぐために提携しています。中国は、6者協議で重要な指導的役割を果たしています。米国また、台湾海峡に平和を維持する決意を強く主張してきています。米国の台湾に対する姿勢は、長年にわたる「ひとつの中国」政策、3つの共同声明、そして台湾関係法の下での、民主主義である台湾の安全を保障するという米国の確約に基づくということを、私は大統領就任以来、明確に述べてきました。どちらかが一方的に現状を変えようとすべきではない、という原則も明確に述べてきました。率直な取り組みと毅然(きぜん)とした外交活動の結果、かつて台湾海峡を混乱させていた緊張は緩和し、新たな安定と平和の時代に入ってます。
これらの分野で両国が建設的な関係にあることで、米国はほかの問題に関しても正直かつ率直に意見を述べやすくなりました。私は、宗教の自由や人権に関する米国の懸念をはっきりと、率直に、一貫して中国の指導者に伝えてきました。中国の反体制派の人々や信者の方々と何度も会いました。すべての人間が生まれながらに持つ権利である基本的自由を、中国の人々も当然享受すべきであると米国は考えます。それゆえ米国は、中国が政治的反体制派、人権擁護派、宗教活動家を拘束することに断固反対します。私たちは、言論の自由、集会の自由、労働者の権利を支持します。これは中国指導者の反感を買うためではなく、国民により大きな自由を認めることが、中国がその可能性を十分に高める唯一の方法だからです。また、私たちが開放と正義を求めているのは、私たちの信念を押し付けるためではなく、中国の人々が自分の意見を表現できるようにするためです。中国の科学者許良英は言いました。「人間の本質とは普遍的なものであり、自由と平等を追求する必要があります」
最終的には、中国が歩む道を決めることができるのは中国だけです。米国やパートナー諸国は現実的に対応し、いかなる可能性にも備えています。私は、中国の将来については楽観的です。物品を取引する自由を認められて育った若者は、最終的には、アイデアを交換する自由、特に規制のないインターネット上でアイデアを交換する自由を求めるようになるでしょう。中国の変化は、自らが望むとおりに、自らの歴史や伝統に沿った形でやってくるでしょう。それでも変化はやってきます。自らの良心について語り、自ら神を信仰したいと熱望する人々が、中国の将来にとって脅威とならないことは、すべての人の目に明らかです。このような人々が、21世紀に中国を偉大な国にするのです。
今回の旅は、私の大統領としての最後の東アジア訪問となります。アジアが今後もより多くの機会に恵まれ、より多くの成果を上げ、影響力を強めることを、私は確信しています。なぜなら、この地域の人々が、独創的で先取の気性に富んでいることを知っているからです。アジアの変革をもたらした自由と希望の力は、決して後戻りしないからです。そして米国とアジアの友好国との間のきずなが断たれることは決してないことを知っているからです。
第2次世界大戦中、日本帝国軍がタイに侵攻したとき、駐ワシントン・タイ大使は、米国に宣戦布告するよう指示されました。大使は勇敢にもこれを拒みました。同様に、米国はタイを敵国とみなすことを拒否しました。それどころか、在米タイ人が結束して「セリタイ」と呼ばれる運動を行うことを支援しました。彼らは太平洋各地に展開し、敵陣に潜入し、この偉大な国の解放を促進するために役立つ情報を集めました。
セリタイ運動に参加した何人かは今もご存命で、今日ここにいらしています。あなた方がここにいることを光栄に思います。今日ご出席いただけたことを、私は、あなた方が思っている以上に感謝しています。あなた方への米国人の感謝の気持ちは、永遠に変わることはありません。そして、米国は、この地域のすべての人々に固く約束します。米国は過去に、アジアの自由な人々を支持しました。米国は今日、アジアの自由な人々を支持しています。そして、米国は、皆さんの明るい未来に至るまで、長くアジアの自由な人々を支持していきます。
ご清聴ありがとうございました。皆様の幸せをお祈りします。


駐日米国大使